2009年3月16日月曜日

写る真

 
そのふたつの言葉を聞いて得心した。

「時空のゆがみとか考えるより、自分の心のゆがみを考えなさい」

「写真とは光と時間の化石である」

森山氏の写真を見た時の違和感、
ハッキリ言えば好きになれない原因が何であるか、を知ったのだ。
写真に対する考え方に大きな相違はなく、方法が違うだけなのだと。

我々が写真に求めるのは単なる記録ではない。
偶然の集積だけで捉えられない無数の選択を経て出来る写真には「何か」を期待する。
少し前なら「表現」という言葉を使ったが、それには違和感を覚えだしている。
無意識でも写真は撮れるし、評価は受手の問題としたら・・・。

では、なぜ私は写真を撮るのか。

結局「生きるため」ということに行き着くのだろうか。
大げさで極端なところに飛躍したようだが、実感として今そう考えている。
 
 
 

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